もう7年? まだ7年?

今日は、東日本大震災から7年。テレビ番組表を見てたら「NHK」で気付いた事が・・・。ちょっと良い話! via: Twitter / MizunoKatsuaki あれから7年。 アッという間の7年。 まだ、たったの7年。 なのに、 もうずっと昔のことのように… とっくに復興できているかのように… 過去の教訓に学ぼう的な報道が多いような気がする。 過去の出来事にしてしまうには、ちょっと早すぎませんか? 自分は関西に住んでいるので余...
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伝えたいことと伝えなくてはならないこと

23年目の1月17日。 冷たい雨がそぼ降る中、いつものように参拝を済ませた後、テレビのスイッチを入れました。 特別な番組はなく、5時46分の黙祷の様子が中継されただけでした。 神戸市民の既に半数近くが、震災後に生まれたり転居してきた人になっています。 ましてや、他の地域の人たちにとって震災への記憶や関心はなくなりつつあるのも当然です。 悪天候が重なったこともあり、神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼のつど...
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22年目の祈り

via: 産経フォト 22年目の1月17日。 今年も寒い朝になりました。 テレビ各局とも早朝の特別番組はなく、かろうじてBS1だけが追悼のつどいの様子を生中継していました。 神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼のつどいには、午後5時までに約3万人が訪れましたが、昨年と並んでこれまでで最も少ないとのことです。 SNSで繋がっている人たちは震災体験者や同年代の人も多いので、震災関連の投稿も目につきましたが、既に少数派...
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未来につなげる

21年目の1月17日。 しばらく暖かい日が続いていましたが、今朝はグッと冷え込みました。 例年通り震災関連のニュースがトップ記事として取り上げられていました。 しかし話題は、今年成人を迎えた人たちはあの震災を知らないこと、被災者の高齢化や被災地への転入者が過半数を超えていること、追悼行事やその参加者が激減していることなど、風化を指摘するものばかりが目立ちました。 TwitterなどSNSへの投稿には「忘れてはな...
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経験を活かすことが最大の供養

20年目の1月17日。 5時46分、黙祷を捧げました。 ほとんどのテレビ番組の中継は6時前に終了しました。 20年の節目という機会よりも、20年の歳月による風化を改めて感じざるをえませんでした。 都市機能は完全に回復し、震災による傷跡はほとんどなくなりましたし、震災後に誕生、転入した市民が半数を占めるようになり、当時を知る人の割合は年々小さくなっています。 被災者やその関係者からすると淋しいことではあ...
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人それぞれに天与の役割は違う

19年目の1月17日。 朝の参拝散歩を済ませて 一息いれた後テレビを点けました。 普段と違う父の行動をみて 側にいた長女が不思議そうな顔をしています。 5時46分、 画面の向こう側にいる人たちと共に 黙祷を捧げました。 ようやく娘にも 状況が把握できたようです。 けれども 彼女には黙祷する人たちの思いが どれほどのものなのかは理解し難いでしょう。 体験していない、知らないということは そういうこと...
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思いを寄せる

天皇陛下 東日本大震災追悼式典でのお言葉(12/03/11)  本日、東日本大震災から2周年を迎えるに当たり、ここに一同と共に、震災によりかけがえのない命を失われた多くの人々とその遺族に対し、改めて深く哀悼の意を表します。  2年前の今日、東日本を襲った巨大地震とそれに伴う大津波により、2万人を超す死者、行方不明者が生じました。震災後に訪れた被災地では、永年(ながねん)にわたって人々が築いてきたふるさと...
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生命ある限り…

記憶を焼きなおすために… 思い出にさせないために… 心の叫びをを届けるために… そして 一つになるために… 18年目の今日も断食しています。 リアルタイムに生で見た地獄絵図が 今でも ありありと思い起こされます。 完全復興したかに見える街には 18年も経った今でも被災の爪あとが 少なからず残されています。 復興住宅の入居期限… 被災者の高齢化… 災害援護資金の返済残高… そして、関係者の心に深く刻まれた傷… ...
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思いを受け継ぐ

あれから1年が経ちました。 いつも以上に アッという間の1年でした。 つい先日のことのような気がします。 生ききった人にとっても 生かされた人にとっても 否応なくねじ伏せられた想いを 一瞬にして奪い去られた願いを 思い出として語ることができるまでには まだまだ時間が足りないと思います。 けれども、間違いなく1年が経過しました。 あの日までと同じように いつも通り時間は通り過ぎていきます。 まったく...
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東日本大震災が起こってから初めての1.17

17年目の今日も断食しています。 記憶を焼きなおすために… 思い出にさせないために… 心の叫びをを届けるために… そして 一つになるために… 1995年1月17日の朝5時46分、 ドーンという地の底から巨大な何かが突き上げてくる衝撃と共に 阪神・淡路一帯は、地獄と化してしまいました。 あの傷ましい惨事が 昨日のことのように思い出されます。 けっして忘れない。 いや、忘れることはできない。 そう確信していたにも関わ...
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今日は何の日

今日は、2011年11月の11日。 ちまたでは 11/11/11 11:11:11 の ゾロ目を楽しもうとする人たちで一杯! 街でもネットでも この話題で大騒ぎです。 切符など日付の入ったものを記念に買ったり 時計が 11時11分11秒を指した瞬間を撮影したり いろんなことを通じて楽しんでいます。 ほとんど無料で楽しめるので 不景気にはウッテツケの楽しみ方だし、 何より、生活を楽しもうという姿勢は とってもイイことだと思います。 ...
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16年で 消えてきたもの 積み重ねてきたもの

阪神淡路大震災から16年   記憶を焼きなおすために… 思い出にさせないために… 心の叫びをを届けるために… そして 一つになるために… 16年目の今日も断食しています。 こうしていても 徐々に記憶が薄れていっていることに気づく。 いや、もちろん、 何もかも忘れていまったわけじゃないのだけど 強烈だった印象が少しずつ... 少しずつではあるけれど... 薄らいでいっているのを感じます。 それと同時に、 そんな自...
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対岸の火事

看護婦の資格を持っており、もともとボランティア精神も旺盛だった彼女に引っぱられるかたちで、僕も、長田によく行きました。 それから15年が経って、今でもまだまったくおなじことを思うけれども、長田のオバァたちオジィたちが生き延びるための最大の障害になっていることは、笑い、です。 身寄りがないので、そもそもが孤独です。そして、テレビは、長田のオバァやオジィのような年寄りには、笑いを提供してくれないのですね...
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これからも忘れない

記憶を焼きなおすために… 思い出にさせないために… 心の叫びをを届けるために… そして 一つになるために… 15年目の今日も断食します。 防災を考えるのも悪くないけれど... この日は「生命」に焦点を当てたい! それが、せめてもの 願い... 忘れない   大規模災害というのは、皆が一様に被害を受けているように見えて、じつは、如実に格差が出るものでも、ありますね。 持たざる人たち、ギリギリの生活を余儀なくさ...
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通常通りの営業という姿勢

阪神・淡路大震災後、 瓦礫だらけの兵庫界隈を自転車で走っていたら、 シャッター街と化した通りで一件だけ、 わんぱくこぞうが営業していたのでした。 冗談かと思いました。 テレビなどでご存じの通り、これ以上ないくらいに 壊滅した街中で、ゲームショップが普通に営業しているんです。 余震のたびにどこかから声があがる道程の先で、 別に震災応援キャンペーンとかやるわけでもなく、 普通にゲームを売ってるんです。...
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しまった…!!!

今日は1人でスーパー銭湯。 家族と行くのも悪くはないのだけれど、 たまには 1人ゆっくり過ごすのもイイ。 完全に!どっぷり!リセット気分に浸りました。 けど… 温泉には ゆっくり入ったけれど その後は、買い物を済ませて、サッと帰宅。 自分だけ のんびりするのは やっぱり ちょっと 気が引けます。。。   ところが・・・ 完全!どっぷり!リセットしたせいか... 今日が大事な一日だったことを 完全!すっかり!...
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