知のジムナスティックス

知のジムナスティックス

昨晩、
大阪大学コミュニケーションデザイン・センターが主催する
知のジムナスティックス~学問の臨床、人間力の鍛錬とは何か~
という公開講座に参加した。

生きる為の智恵と術に長けた多分野のゲストと学生有志を交えた
ラウンドテーブル形式のシンポジウム型講座で、
18時から3時間半(予定では3時間)にも及ぶ
新たな視点や気づきの多い、刺激的なイベントだった。

七大陸最高峰登頂、人力踏破の写真家の 石川直樹さん、
原子力工学研究の第一人者、東北大名誉教授、北村正晴さん、
ソーシャルプロデューサー、文部科学副大臣、鈴木寛さん、
ドキュメンタリー映画監督で作家の 森達也さん、
文章表現・コミュニケーションインストラクター、山田ズーニーさん、
哲学者、大阪大学総長、鷲田清一さん、
そして、東北大、阪大、京大、神大の院生・学部生5名、
進行役は、阪大CSCD教授・小林傳司さん。

現在を如何に乗り越え、未来を生きていけるのか。
バラエティ豊かで知的好奇心をくすぐるパネラーによって、
知性の体力や耐性/複眼をもつこととしての教養と
人生における学びの重要性について議論が展開された。

 
手垢のついた知、感情が大切

知とは、体一つで向き合うこと

ブリコラージュ

聞くことの力

だよねじゃないところから議論してみる

知ることが怖い

問いを見つける

立脚点を明確にする

大学が工業化している

ダイナミックに変化して行く時代に
権利、義務、保証などというものはそぐわない

インターネットはベストエフォート

大学に入って世界が広がったと思っていたが、
本質的な学びは田舎でもできたように思う

教育がサービスになってからおかしくなった

パスワークしかしてこなかった

現代と結びついた学問をやって行きたい

先の大震災は、見て見ぬふりをしてきた現実を
目の当たりにさせられる機会になった

・・・など、
新たな視点や気づきを得るとともに、
薄ぼんやりと感じていたことを確信させキーワードに触れ、
ギャラリーの1人でしかないにも関わらず
ラウンドテーブルに どっぷりと浸からせていただいた。

 
そして、今日は、広島原爆投下忌。

唯一の被爆国であると言われながらも
年々風化していく惨事の記憶。

今年は奇しくも未曾有の大震災の被害を受け、
あってはならない原発の大事故を目の当たりにし
原爆投下への関心がやや高まったように思う。

しかし、それは、
未だに終息の目処がたたない放射能汚染への関心であり、
原発の存続に関する利害についての関心であり、
政局運営のための政治的な関心であって、
戦争や人権などに対しての関心ではないように見える。

ある一面で、前向きな姿勢であると言えなくはないが、
歴史に目を背け省みない愚行である色合いが強い。

 
なぜ、このようなことが繰り返されるのか?
どうすれば、同じ過ちを繰り返さずに済むのか?

 
その疑問に答え、改善できる余地があるとすれば、
まさに それが 「人智」 ではないだろうか?

 
この時期は、広島・長崎原爆投下忌、終戦の日と、
大切な問題を考え直し、「人智」を養うための機会が
われわれ日本人には与えられている。

震災や原発事故の対策は最重要課題ではあるけれど、
せめて、この時期くらいは、
改めて 史実に目を向け、戦没者への哀悼の意を表し、
戦争と平和、日本人などについて学び直したい。

できる限りのことを後世に伝え遺していきながら、
「これからの自分たちは、いかに生きるべきか」を
いつも心の根に抱き、意識し合っていきたいと思う。

それこそが、日本人に与えられた使命であり
日本人が 知り、深め、体得し、伝えていくべき
「知」というものではないか。

昨晩の講座を受けて迎えた66回目の広島原爆投下忌。
今、改めて、そう確信している自分の責任の重さを感じた。

 

●1年前の今日:花があったら

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智慧戦争原爆伝える

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