弱いメッセージ

強いメッセージは強い反動を呼び、互いに打ち消しあって遠くまで届かない。
残るのは、非暴力のような弱いメッセージだ。弱いメッセージは打ち消しようがない。打ち消しようがないがないから、ゆっくり広まっても結局は世界中に広まる。

via: ダライ・ラマから学ぶWEB2.0時代のマーケティング

 
引用元は、とても示唆に富んだ興味深い記事なのだけれど、
この際、難しいことは さておき ^^;  感じること・・・

 
真夜中だというのに、
パチンコ屋や、24時間営業のコンビニ、スーバーなんかが
煌々と眩いばかりの照明の明るさを競い合っていて、
目立つどころか、目を塞ぎたくなるような景色が広がり、

ショッピングモールなんかに行ってみると、
各店舗が勝手に選んだ音楽を大音量で流している上に
通路や共有スペースでも施設のBGMが流れていて、
それらが渾然一体となって怒涛の如く混じり合う
耳を塞ぎたくなるような空間が そこここに見られる。

テレビCMは、同じ商品ばかりが繰り返し放送され、
政治家は、絵空事の理屈や批判ばかりを声高に繰り返す。

ビジネスブログやメルマガ、SNSなどでも
まるで新興宗教のように洗脳ワードをまき散らしている。

 
もう とっくに
そんなものには うんざりしているから…

 
穏やかに降り注ぐ日の光…
どこからともなく聞こえてくる虫の声…
空気の澱みや 爽やかな風…
刈ったばかりの草の香り…

そんな些細な自然の営みに 心が惹かれる。

小さければ 小さいほど
弱ければ 弱いほど
目を凝らし 耳を澄ませ 鼻を利かせて
五感も六感も駆使し全身全霊を傾けて
なぜか、そのすべてを捉えて満喫したくなる。

 
確かに、人のメッセージにも
そういうことが当てはまっているのかも知れない。

ほんの一瞬、
驚きや目眩ましに気が逸れることはあるけれど、
それらは本当に触れたいこと、知りたいことじゃない。

本物のメッセージを求めているんだと思う。

 
もちろん、だからと言って
小さければイイ、弱ければイイということではない。

そこに、メッセージがあるかどうかがカギ。

 
さて、
自分が何気なく発しているコトバや仕種、
弱く拙い表現や表情などには
メッセージが込められているだろうか?

反省しきり・・・(^^ゞ

 
・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

 

●1年前の今日:信 即 真

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メッセージ意思コミュニケーション僅差自主自立

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