「むずかしくて解りにくい」は悪か?

日本のマスコミは、ここ二三十年、「やさしくて伝わりやすいのが善、むずかしくてわかりにくいのは悪」という洗脳を、総力をあげておしすすめてきた。だから、自分が洗脳されていることに気づかないまま、「ぱっと見て意味がわからない詩なんて存在価値がない」と言いきってしまう単純な人もいる。

via: 今を生きるための現代詩

マスコミが洗脳しているか否かはともかく
やさしくて伝わりやすいのが善
むずかしくて解りにくいのは悪

という考え方は広く浸透していると思います。

ビジネスの世界では分野を問わず
わかりやすさ第一の傾向は強まる一方です。

そういう自分もまた
この考え方には強く賛同していて
常に実践を心がけるようにしています。

けれども
それが唯一の方法だとは思いません。

たしかに「わかりやすさ」は
最強カードの1つではありますが
常に最強カードを切らなければ勝負にならない
ということはありませんから。

それに
誰もが「わかりやすさ」を追求し
誰もが「わすりやすさ」を実行したとしても
世の中が無限にわかりやすくなるわけではなく
無数の「わかりやすさ」の中に
相対的な優劣が生じてしまい
とってもわかりやすい「わかりやすさ」と
どちらかというとわかりにくい「わかりやすさ」に
分かれてしまうことになるはずです。

差別化していたはずが
いつの間にか同質化してしまうのは
独自の価値に関係のない相対的な価値に
目を向けているからだと思うのです。

その結果、同質化しているもの同士が比較され
新たな価値判断がなされ優劣となって顕れます。

そういう意味では
人気の高い「わかりやすさ」路線よりも
悪とされる「わかりにくさ」の方が
尖った優位性を発揮できる可能性を持っている
ということもできます。

しかし、そのような
他者との比較をベースにした差別化は
結局は同じように陳腐化してしまいます。

他者との比較ではなく
自分自身の生まれ持った特徴や才知を活かして
独自の価値観をベースにした発想をもって
オリジナリティを追求したいものです。

ちょっと考えてみれば、「むずかしい」は「やさしい」より確実におもしろくてたのしいことがわかる。 自転車は補助輪をつけて乗れればじゅうぶんだと考える少年がどこにいるだろう。

via: 今を生きるための現代詩

一見すると何の価値のないような
ぱっと見て意味がわからないものにも
捉え方や打ち出し方によって
無限の可能性と価値があるということ。

難しいことではありますが
難しいことに全く需要がないわけではなく
難しさは参入障壁にもなるのです。

現代詩はホームラン打者ではないかもしれませんが
犠打数や現役最年長記録、連続試合出場記録を
狙うことができるかもしれません。

常に視点を変えて捉え直してみること。
差別化ではなく独自化を追求すること。

来年も意識してチャレンジし続けます!

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

 

●1年前の今日:ど、どっちですか?

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