勝ち負けや損得の問題ではない

「謝る」という行動は他人からの評価を下げはしない

とても頑固だと思っていた人が、今日突然謝ってきた。「ゴメン、あれは俺の認識違いだった」って。わりと言い合った件で突然謝られて、自分はどう思ったかというと、その人のことがすごい好きになった。自分の間違いを認め、あやまる、という行動は、他人からの評価を下げはしない。下げはしないよ。

via: Twitter / shh7

「謝ったら負け」

利害が絡んだ揉めごとでは、自らの非を認めると争いに負けたということになる。
つまり、敗者として糾弾・非難され、その責任を負わなくてはならない。

しかし、これは常に真実だというわけではない。

「負けるが勝ち」

一見すると負けたように見えても、勝ちを譲って引き下がることで得られるメリットことは案外少なくない。

しかし、これは負けて勝ちを取ったことになるのだろうか。

どちらにしても少なからず違和感を覚える。

確かに勝ち負けを決する必要がある場面もある。

が、日々暮らしていく上での課題は、勝ち負けや損得の問題だけではない。

勝ち負け損得を意識し過ぎるあまり、もっと大切な何かを見失っていることがあるのではなかろうか。

責任を負うということは、負けたものに課せられた罰ではない。

すすんで自らの責任を負うことによって、自分自身の役割りを全うできることになるのではないか。

自省し責任を負うことで失うものは何もない。

あるとすれば、その時までに持ち続けていた執着や我欲のみ。

それらを手放した瞬間、人は自由を与えられるのだ。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

●1年前の今日:
ついでにやれば先送りは防げる!?

web拍手

謝る天命役割責任覚悟和の心

Admin

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply