正論よりも大切なこと

私たちに必要なのは正論よりも配慮です。
正論はときに相手の心に冷たく響くことがあります。
必死にがんばっている人に「もっとがんばらないとダメだぞ」。食欲のない人に「もっと食べないと元気になれませんよ」。余命告知を受けたばかりの人に「あきらめたら負けですよ」。どれも正論です。間違ってはいません。
しかし、受け取った相手はどう思うでしょうか。私たちは冷たいものよりも温かいものを求めています。正論は二の次です。相手の心を慮って、温かい言葉を投げることが肝心です。

via: 明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい

先日、正月早々から、ちょっと厄介な出来事がありました。

嘘に嘘を重ねてがんじがらめになっているその人は、自分が悪いと口にはするものの、まったく反省の色が見えず、自分から謝ろうともしないばかりか、逆ギレして口論をしかけてきたりするのです。

騙されたこちら側には何も悪いところはないので、常に優勢な立場にいるわけですが、あまり辛辣に苦情を訴えたり攻撃的に責任追及したりすることはしないように心がけていました。

けれども、一向に反省する気配はありません。

果たして、悲しさと怒りは膨れ上がり、ついには声が大きくなってしまいました。烈しく反省。

いくらなんでも、そこまで非常識な人はいないでしょう。

だとしたら、こちら側にも何か落ち度があるのではないか?

それこそが「正論」なのではないか?

既に相手に逃げ道はありません。
そこへ正論を投げかけることは、崖っぷちから突き落とそうとしているも同然なのではないか?

とことん追い詰められた状態で正しい判断ができない状況を作っているのは自分なのではないか?

配慮をしているつもりでも、実は配慮になっていなかったということなのでしょう。

相手の心を慮って、温かい言葉を投げること。

イチバン肝心なことができていませんでした。

ごめんなさい ごめんなさい

どう話せばイイのかは、今はまだよく判りません。

けれども、きっと次はできるはず。

相手の心を慮って、温かい言葉を投げること。

・・・などと、
思ったり...思わなかったり...

では、お気楽に...(^^)/~~~

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